RHK
霊波之光

TEL 04-7121-2111

〒278-8521 千葉県野田市山崎 2683-1
東武野田線運河駅下車 徒歩7分
E-Mail info@rhk.or.jp

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体 験 談

体験談のご紹介

 こちらでは、霊波之光に御絆(おつながり)(入信)して、「生きる喜び」を頂いた信者さん方の喜びの声や体験談を紹介いたします。

タイトルをクリックして頂くと体験談が表示されます。

御祈願頂き大型免許取得に御導き 30代、女性
 夫が営む会社を手伝うために大型免許が必要になり、令和7年から自動車教習所に通い始めました。
 その後、班の会合に参加すると前向きな心になり、仮免許試験前日に資格取得御祈願と信仰に消極的な夫の浄霊御祈願を頂きました。 帰宅し夫に御神酒を移すと素直に受け入れ、参拝記念カードを御守として携えるようになりました。
 御祈して臨んだ試験の実技は、走りやすいと思えるコースとなり落ち着いて受けられ合格。 翌月には浄霊御祈願と再び資格取得御祈願を頂きました。
 すると卒業検定の実技も希望どおりのコースで、課題も得意なものになり御守を実感。 夫も「2回とも望むとおりになってよかったね」と言い喜んでくれました。
重い糖尿病に御救い 40代、女性
 昭和61年6月に御絆し少年部鼓笛隊、青年部とあゆむ中、結婚し3人の子宝に恵まれました。
 令和3年3月、リウマチ性多発筋痛症と診断されステロイドによる治療が始まりました。秋頃から体重が10キログラムも落ち手足は痺れ、口の中が熱いほどに渇き、多尿にも悩まされ、1型糖尿病で急性合併症を起こしていつ心停止してもおかしくない状態で緊急入院となりました。 治療が始まっても数値は下がらず、このまま死ぬのかと落ち込みました。
 そうした中、班の仲間の御祈と御神酒御祈願(当時)を頂きますと、血糖値が順調に改善し予定より早く退院でき、待望の職場復帰ができました。
 窮地を御救い頂いた感謝の中、市民祭りに参加を決めると、本番前にリウマチ性多発筋痛症も良くなり2人の子供達と踊る夢がかないました。 今は糖尿病の薬も通院も不要になりました。
ロンドン留学に良き道頂く 40代、男性
 令和2年9月からロンドンの大学に留学予定でしたが、コロナ禍で延期となってしまいました。
 その後、青年部班長のお役を頂いてあゆみ、大願成就の特別大御祈願(当時)と旅行安全御祈願を頂く中、翌年9月に無事渡英がかない留学生活に入ることができました。
 ロンドンでは希望していた指導教官の下で修士論文を書け、賞を頂くこともできました。
 また留学期間中にはロンドン在住の信者さん方と知り合うこともでき、現地での布教にも参加させて頂きました。学業の面でも信仰の面でも御導を頂き深く感謝しています。
御絆(オツナガリ)し幸せな人生開かれる 70代、女性
 30代の頃、夫を不慮の事故で亡くしました。深い悲しみと、私と結婚しなければこんな不幸はなかったのではと自責の念に苦しみました。子育てへの不安も重なり、やがて重い鬱病と診断され、薬を飲みながら生きる気力を失った日々を送っていました。
 平成28年、知人の勧めで御絆(おつながり)し、翌年6月8日に先祖浄霊御祈願を受けると心が軽くなって夜も眠れるようになり、生きる意欲を取り戻していきました。御祈願を頂き御誘にあゆむ中で体調も回復し、久しぶりに心療内科に行くと、元気な姿に医師は驚き薬も通院も必要なくなりました。
 多くの方を御誘する中、子供達の生活や孫の進学など数々の御導を賜りました。
毎月建設協力し賞与アップの喜び 30代、男性
 我が家は夫婦と子供2人の4人家族です。 
 教主様より浄霊御祈願は月に1回で十分浄霊されていくとの御教を頂き感謝金も1人千円で頂ける御心を賜りました。 
 私はそれまで毎月決まった金額の建設協力を続けていましたが、今年の1月から、家族の浄霊御祈願を頂くための感謝金が減った分を建設協力に充てさせて頂くことに決めました。
 そんな中、夏のボーナスが3月に発表されました。私は転職したばかりでそんなにもらえないだろうなと予想していたのですが、想定の約1.5倍もボーナスをもらうことができ、それは3月までに建設協力させて頂いた感謝金よりもはるかに多い金額でした
長男の鬱病快復し店も繁盛 60代、女性
 私は長男と2人で中華料理店を営んでいます。
 令和3年6月頃から長男が店の戸締まりを何度も確かめるようになり、食材や食用油に漂白剤が付いたかもしれないと言って大量に捨ててしまうこともありました。
 さすがにこれはおかしいと思い8月末に病院に連れていくと鬱病と診断され9月中旬から店を休業することにしました。
 私は班の役員さんや義理の姉と度々参拝して御奉仕に参加し、長男も体調が良い時は一緒に参加しました。そうしてあゆむ中で長男は御守護神様の御力を頂き快復し12月中旬から店を再開することができました。
 更に昨年9月の心青年之儀へ私が参列を決めたあと、調理風景を撮影したいというお客さんが来ました。その人はSNSで有名な写真投稿者で店を紹介してくれ、来店者が一気に増えたのです。
幾つも病救われ生きる喜び実感 50代、男性
 御絆(おつながり)して御力を賜り心臓弁膜症と下顎骨骨髄炎という重病から救われていながら、御教に反して職場で怒るなど感情に走る事を繰り返していました。
 そうした中の令和元年、脳梗塞を起こしてしまいましたが、御導を頂き、家族と一緒に真剣に御祈する中で搬送された病院で血栓が全て取れ後遺症もなく短期間で職場に復帰できました。
 昨年は、妻と市民祭りに参加し演舞の練習が始まった頃、ある事に不平不満を募らせた私は体調を崩し細菌性肺炎を発病、9月に入院となりました。そうした時、妻や青年部の仲間の言葉に心を切り替え、御教である笑顔をみせるようにすると病状が好転し退院できました。
 感謝で妻と市民祭り本番では、御祈の心で声出し役を務める中で生きる喜びを実感しました。
旧友と二十之儀参列の喜び 20代、男性
 12月に父と地区の男子会合に参加した時、私の二十之儀参列の話になりました。
 私は知的障がいがあり一人で聖神殿に入れず、付き添ってもらうにしてもよく知っている人でないと動揺してしまうため参列できないと思っていました。
 そんな時、他班の方も一人で行くのが嫌みたいでと参列をためらっている話をしてきたのです。私は二十之儀に行くと言いました。というのも、その方とは小学生の頃、近所同士で互いの弟が同級生だったことでよく遊んでいたのです。
 しかしその後、家族が引越したことで何年も会えないでいました。それが、二十之儀をきっかけに再会し一緒に参列でき喜び多い門出となりました。
火伏之御笹で類焼免れる 80代、女性
 我が家は、毎年、火伏之御笹を家の周りに立て強風や台風などの被害から御守を頂いてきました。
 ある夜、自宅裏の家が出火。消防車20数台が出動したものの、出火元と我が家の間は1人がやっと通れる狭い路地だったことで消火活動が難航し出火元は全焼。隣家なども半焼し、その間、私は一心に御祈していました。
 周りの家には大量の消火水が入りましたが、我が家には僅かな水も入らず、火元に近い雨どいの一部が少し焦げる程度で営む理容店も翌日から営業できました。
 心配した班長さんが訪問に来た時、雨どいに結び付けていた火伏之御笹の所で火勢が収まっていることに気付きました。 私は御力の素晴らしさに感謝しました。
命に関わる交通事故に御守 60代、女性
 車で出かけた時、近所の交差点で信号無視のワゴン車に側面から衝突され、私の車は大破しました。
 私は頭を強打して意識不明となり救急車で大学病院に搬送されました。外傷性クモ膜下出血に急性硬膜下血腫や左大腿骨頸部骨折など重傷を負いました。
 特別御祈願を頂き、仲間の方達の御祈の中、出血が止まり開頭手術をせずに済み足の手術も成功。術後、医師から死んでもおかしくない事故だったと聞き命あることに感謝が湧き上がりました。
 事故相手を許す心に切り替えると回復も早まり、4ヶ月後に退院できました。
全ては御祈で道が開かれる 60代、男性
 勤める運送会社で2台あるフォークリフトが同時に動かなくなった時の事です。
 原因が全く判らず、管理業務に携わり機械には疎い私ですが、夜勤が明け控室にいたところを呼ばれました。
 2台並んで止まったままのフォークリフトの間へ「御守護神様、御守護神様…」と心の中でただただ真剣に御祈しながら近づき、右手で右側のフォークリフトに触れ、こっちかと話し、左手で左側のフォークリフトを、こっちもかと触れた瞬間でした。2台のエンジンが同時に力強い音を立て始動したのです。
 そして無事積み込み作業が終わると、2台ともエンジンが止まり2度とかかりませんでした。
 代車が届き修理業者に朝は動いたことを伝えた担当者は「絶対にあり得ない。エンジンの異常でかかるわけがない」と言われました。
不登校を救われる 10代、女性
 中学2年の時に不登校になりました。
 当時は家から出ず食事も取れなくなり家族も心配しましたが、皆で笑顔の御教に法っていくと参拝ができるようになり、母と一緒に集会に参加したり御祈願に通う中で少しずつ本来の姿に戻っていきました。
 4月2日御聖誕礼祭の日、鼓笛隊奉上演奏に卒隊生として参加しました。
 更に飛翔会の軽音部への参加をきっかけに市民祭りの練習や飛翔会集会に参加すると、進学にも御慈愛を賜りました。今年から指定校推薦枠が出来て、希望していた専門学校へ進学できたのです。
 今、本当に楽しくあゆんでいます。
壊死した皮膚が御神酒で再生 70代、男性
 「劇症型溶血性レンサ球菌感染症、通称人食いバクテリアと呼ばれ、両手から壊死が始まっていて、このままだと両腕を切断。感染が速く全身に回ったら命の保証もない」と昨年、大学付属病院で診断されました。
 私も妻も御守護神様に全てをお任せする気持ちになり浄霊御祈願と当病平癒御祈願などを頂く中で手術を受けると、5日目でバクテリアも消失。壊死性軟部組織感染症と病名が変わり、4回予定されていた手術は1回で済み、4週間入院予定が12日間で退院できたのです。
 更に御神酒御祈願(当時)を頂き真剣に祈り御神酒を移させて頂くと、右手の甲の壊死した皮膚から新たな皮膚が再生し、担当医は、なぜ壊死した皮膚が再生するのか解らないと驚き、皮膚移植が必要なくなり、2箇月後には仕事にも復帰できたのです。
御奉仕の心に数々の御導頂く 60代、男性
 平成9年、結婚を機に御絆(オツナガリ)し賛助会はじめ金銭の御奉仕をする中に人生が開かれました。教育分野で大学教授になるとともに研究や講演などに良き道を頂きました。
 また私にとっての御奉仕と思い、経験と知識を生かし障がいや問題を抱える信者さん親子と御神域でふれあいを重ねました。一般の相談会で会う子供達と比べ信者さんの改善は早く霊波浴と御守の尊さを実感しました。
 一昨年は定年退職後の再就職に御導を頂きました。御祈願を頂いて教授職に応募するも、受かる自信があった2大学共に不採用。支部に参拝し真剣に御祈すると迷いが消え再び求める心に。すると、私立大学の理事長から連絡があり出向くと話が順調に進み、なんと学長に就任する事ができたのです。
御祈と笑顔で命救われる 50代、女性
 令和3年に重症の肝硬変で余命は半年から1年であること、助かる道は肝移植しかないことを告げられショックで涙があふれました。
 御誘してくれた方から御祈と笑顔の大切さを教えてもらい日頃から心掛ける中で、在宅御祈願を頂きますと体調が良くなっていきました。
 過去に困らせ気になっていた義父や弟に謝りました。すると弟は快く私のドナーになってくれ、移植手術が成功しました。術後医師から「ドナーが見つからず手術が遅れていたら間に合わなかった」と言われ御守護神様の御守を実感し感謝で胸がいっぱいになりました。
病救われアメリカの友人を御導 60代、男性
 私は妻に導かれ浄霊御祈願を頂くと原因不明の動悸と胃痛から救われ感謝でアメリカの友人達を御導(オミチビキ)しました。
 令和4年9月には、台風による水害から自宅を御守頂きました。これからも夫婦であゆみます。
ロンドン留学に良き道頂く 30代、女性
 令和4年6月、激しいめまいと嘔吐に襲われました。症状は治まらず3日後救急搬送され、劇症1型糖尿病と診断されました。血糖値や血中カリウム濃度の異常、腎不全や肝機能障害、更に不整脈も出ている重篤でした。
 仲間の方達の御祈の中、兄が代理で当病平癒御祈願を頂くと血糖値が劇的に改善して病状も落ち着き、即日には一般病棟へ移れました。病床で毎日御書を読み周囲の幸せを御祈するうちに味覚や食欲が戻り1ヶ月後に退院。
 御神酒を頂く中で体力も回復し、数日で職場復帰出来ました。
尊い命を頂き店を持つ夢も実現 40代、男性
 先天性の染色体異常で生まれた私は大学附属病院で、いずれ脳機能が停止し3歳までしか生きられないと告げられました。
 しかし母は自身の病を治して頂いたから私の命も救って下さると信じ御守護神様を求めました。私は母に連れられ参拝し霊波浴をするうちに丈夫になり無事3歳の誕生日を迎えられました。
 また心配された進学も小中学校は普通学校に通え、中学卒業後は念願の調理師専門学校に入れ調理師免許を取得しました。その後、感謝であゆむ中で調理師としての経験を積み、自分の店を持つという夢をかなえたいと、令和2年に店舗解決御祈願を頂くと道が開け翌年7月に居酒屋を開業。
 現在、班活動や御奉仕に参加する中で客足が伸びるなど御守を頂いています。
御手賜り口腔の出来物が消える 50代、男性
 御聖誕礼祭の日に男子誘導の御奉仕に参加しました。
 この日は、教主様より御奉仕中に御手を賜り、更に御奉仕終了後、教主様が四代様を伴われ奉仕者を見送って一人ひとりに御手を下さっていて、私もこの日2度目の御手を頂き喜びでいっぱいになり仲間と笑顔で帰路に就きました。
 昨年から口の中の上顎部分に出来物が出来、最近になり痛みが出てきて、口の中ですので普段から気になり口腔外科にちかぢか行こうと思っていました。
 しかし仕事で時間が取れず我慢していたのですが、翌日の朝、御奉仕中も痛みを覚えていたその出来物が消えて無くなっていたのです。
180度の油浴びるも無傷 60代、男性
 妻の仕事を終え2人で遅い昼食となり天ぷらうどんを作り始めました。
 天ぷらを揚げ終える頃、天ぷら鍋とうどんをゆでていた鍋の場所を入れ替えようとした時、左手が緩み天ぷら鍋が手から外れてしまいました。その瞬間、右隣にいた妻がキャーと悲鳴を上げ間髪入れず「御守護神様!」と叫びました。
 妻の目には鍋を素手で押さえ左手に油がかかるのがスローモーションのようにはっきり見えたと言います。
 一瞬指先に熱さを感じたものの高温の油もなまぬるい温度にしか感じませんでした。
 更にほぼ全部の油がこぼれたのに靴下にも衣服にも一滴の油の跡もなく、床の変色もありませんでした。
難病に御力、長命へ御守 70代、男性
 御絆(オミチビキ)しますと、長年希望していた会社への転職がかない、これが御力なのかと御守護神様を信じる気持ちが強くなりました。
 平成18年には難病の特発性拡張型心筋症に御力を賜りました。難手術は無事に済み、術後、最終治療法は心臓移植しかなく、余命は3年から5年と告げられましたが、移植することなく20年が経ち感謝以外にありません。
 令和5年9月、医師に強く勧められ肝臓のCT検査を受けると心臓付近に動脈瘤が見つかりました。その後の検査では動脈瘤の場所が腹部に変わり、カテーテル手術で済み、発見のきっかけとなった肝臓の数値は治療せずとも正常値に戻ったのです。
 翌年12月、教主様より御手を賜り、翌月に左心耳閉鎖術の治療を受けた結果、20年飲み続けてきた薬も不要となりました。
御誘に参加、学校生活も充実 10代、女性
 私は生後4箇月で川崎病になりましたが、特別御祈願を頂くと症状が和らぎ退院。その後、毎年の検査で問題は出ず、小学1年で通院も治療も不要になりました。
 6年生の9月、友達がいじめに遭ったので真剣に御祈するといじめがなくなり御祈はすごいと思いました。同じ月、滝行を頂くため両親と本部に初めて参拝。
 教主様より御手を頂き両親と喜び合いました。
 その後、一番苦手な算数のテストで100点が取れ、読書感想文感想画コンクールでは優秀賞を受賞。更にピアノ教室が年に1回開催するコンクールでも金賞受賞と良い事が続きました。
御手を賜り御力、喜びであゆむ 50代、男性
 建築関連会社を営んでいますが、受注があっても人手不足で仕事をこなせず、困っていました。
 その年に本部で滝行を受けたことで心機一転、もっと時間を作ってあゆもうと決意しました。すると心にゆとりが出来て仕事の関係者とゆっくり話せ、相手に感謝をつたえられるようになりました。
 更に良好な人間関係を築け人材確保にも御導を頂きその結果、過去最大規模の工事を受注できました。その折、県の建設業許可を得て公共工事も受注できました。ただ入金が遅いため運転資金に窮しました。
 教主様が御来臨下さった際に御手を賜りますと、その後1箇月足らずの間に利益率が高く工期が短い工事を3件も受注でき資金繰りが楽になったのです。
 これからも御教に法(ノット)り仕事とあゆみに頑張ります。
転落事故に御救い 50代、男性
 昭和63年8月に御絆(オツナガリ)して浄霊御祈願を頂くと4年間続いていた後頭部の痛みが消えたのです。
 就職、結婚、住居購入と数々の御導を頂き感謝であゆんでいた4年前の9月の事。職員として働く小学校内で樹木のせん定のためはしごに上がって作業をしていた時に足を滑らせ、真っ逆さまに落ちると思った瞬間、右足が木とフェンスの隙間に引っ掛かり宙づり状態で止まり4メートル下の地面に頭を打ちつけずに済みました。
 ズボンの右ポケットに教法を入れていたことを思い出し、これは御守護神様の御守だと心から感謝しました。
 今後も教主様の御心に法り、家族そろっての参拝を心がけ霊波浴の素晴らしさをお伝えしてまいります。
誘拐詐欺から守られる 80代、男性
 私は日系ブラジル人2世でブラジルに済んでいます。
ある朝、娘を誘拐したから3万ドル用意しろを脅す電話がかかってきて恐怖にかられました。 しかし、神棚の前で真剣に御祈(オイノリ)する妻を見て我に帰り、一緒に御祈(オイノリ)をしました。
 すると犯人が、祈るのをやめろ!と言って電話を切りました。その間に娘の無事を確認できて詐欺だと判り御守頂きました。
 その後に日本を訪れ、子供や孫と共に一族で本部に参拝しました。
 そして、楽しみにしていた心青年之儀にも参列出来て感謝で一杯になりました。
 ブラジルで霊波之光の素晴らしさを伝えてまいります。
言葉の問題といじめが解消された 10代、男性
 幼稚園で言葉の発育に問題がある事が判りました。 しかし両親と家族皆が御守護神様に一生懸命御祈してくれたおかげで、すぐ近所に、ことばの教室が見つかって優しい先生に会え楽しく通い、小学校に入る前には全く問題なくなり普通学級に入りました。
 小学校では3年から始めた学童野球で6年時にレギュラーになりましたが、チーム内でいじめに遭い落ち込みました。 父が御肌守を頂いてきて、不安な時は握りしめて御祈するんだよと教えてくれました。 そして、大事な試合の前日に御肌守を握って御祈すると勝利に貢献でき、しかもその日から、つらいいじめがなくなりました。
 大好きな野球が続けられるように笑顔と御祈(オイノリ)で頑張ります。
安産御祈願で危機免れる 神奈川県 40代、女性
 妊娠して間もなく原因不明の出血が約1カ月間続き、看護師の仕事も休みがちになり、夫に安産御祈願を頂いてきてもらいました。
 医師に「子供はだめかもしれない」と言われてから、毎日自宅で泣いていたのですが、安産御祈願を頂くと「全て御守護神様にお任せしよう」と心が決まり、翌日病院に行きました。
 すると、予約しなければ診てもらえない副院長にすぐに診察してもらえたのです。
 診察の結果、出血の原因は子宮口に出来たポリープにあると判り、その場で切除してもらい事なきを得ました。
 出血する度に勤務先を早退、欠勤と迷惑を掛けるため退職しようとまで考えていたのですが、仕事を続けられるようになり、しかも産休と育児休暇の手当ももらえることになりました。
 こうして無事に長女を出産できました。良き道へ御導き頂ける霊波之光の御祈願の有り難さを強く感じています。
進学、就職に御導き頂き充実の日々 東京都世田谷区 20代、男性
 私は高校進学の際、受験合格御祈願を頂くと行きたい高校が定まりましたが、「模擬試験の結果から、各教科とも30点ずつ多く取らないと合格は無理」と、塾の指導で志望校を変えるよう勧められました。
 しかし心を変えず、同校に出願したところ、なぜかその年は男子の志願者が少なく競争率が例年に比べ大幅に低くなっていて、御導きを感じる中で受験し合格したのです。大学も受験合格御祈願を頂く中で入ったのですが、そこでも友人に恵まれるなど楽しく学園生活を過ごせました。
 就職では、大学4年の初めから数十社に履歴書を出しましたが、面接まで進んだのはその半分で、結果は全て不合格でした。
 卒業時期になっても就職先が決まらず焦りが募り、大学の就職課で相談しました。すると1社だけ募集している所が見つかり、就職御祈願を頂いて面接を受けると、とても対応が良くすんなりと採用が決まったのです。
 会社では、人との出会いに恵まれ、充実した毎日を送れ、感謝の気持ちを込め霊波之光の御奉仕に参加しています。
車大破も家族皆が無事 山形県白鷹町 40代、女性
 私の家では、毎年、自家用車に車体御守と車両標識御守を頂いています。
 小雨が降る夏の夜、家族4人が乗り夫の運転で高速道路を走っていた時です。前の車が突然減速したため急ハンドルを切ると車は数回スピンして中央分離帯に激突。横に一回転し進行方向と逆向きになって止まりました。
 車のフロントガラスは全て割れ落ち、前方と運転手側はつぶれていましたが、夫と私、次女は無事でした。ところが後部座席にいた6歳の長女は車の15メートルほど先の追い越し車線で正座し、どうやって取ったのか運転席に下げていた車体御守を握っていて、かすり傷一つなかったのです。
 搬送先の病院での検査で、家族皆「異常なし」でしたが、医師に「この事故でかすり傷一つ無いのは奇跡」と驚かれ、後日、自動車工場に事故車を見に行った際にも「死亡事故の車の損傷」と言われ、大変な事故から御守り頂いたことに改めて感謝しました。
果樹園の作物を御守り頂く 福島県須賀川市 40代、男性
 我が家は長年、果樹園農家を営んでいます。その年は4月中旬に雪が降り続き作物への影響が心配でした。
 そうした時、役員さんが火伏せの御笹で自然災害から農作物を御守り頂いた体験を話してくれました。早速、火伏せの御笹を果樹園の角や木に、真剣に御祈(おいのり)しながらくくりつけました。
 その後、天候に恵まれ果実は順調に育ちましたが、モモの収穫を迎える7月下旬に激しくひょうが降り、「果実に傷が付き今年の収穫はだめだ」とぼう然となりました。
 ところが、急ぎ果樹園に駆けつけると、なんと収穫前のモモは全て無傷だったのです。
 翌日、テレビや新聞で、ひょうが降った市内東部の果実の被害額は合わせて3億円以上と報道され、御守りを頂いたことに感謝で一杯になりました。
 収穫したモモは品質的に申し分なく、収穫量も例年の1.5倍でした。この体験を通し御力の素晴らしさを周りの果樹園農家の方達にお伝えしています。
トウモロコシが鳥獣被害を免れる 新潟県新潟市 70代、男性
 トウモロコシを栽培する農家を営んでいます。毎年、収穫直前になるとカラスの被害に遭っていたので鳥追いテープを畑の周りに張っていました。
 数年前の7月の事です。鳥追いテープを張る時期より前にトウモロコシの1本が根本から倒されて実が食いちぎられ、足跡からタヌキの仕業と判ったので、獣被害に御守りを頂けると聞いていた火伏せの御笹を自宅から持ってきて畑の端に立てて御祈(おいのり)しました。
 するとその後、タヌキばかりか、鳥追いテープを張っていないのにカラスの被害も無くなったのです。
 次の年からも、鳥追いテープを使わず、火伏せの御笹をトウモロコシ畑に立てると、カラスにもタヌキにも食べられることなく、毎年収穫できています。
 また同じ年の8月中旬には、稲にも御守りを頂きました。雷雨によって稲が倒れてしまった時も火伏せの御笹を持って田んぼで真剣に御祈(おいのり)し、その翌日、田んぼに行きますと、倒れていた稲が元どおりに起き上がっていたのです。尊い御守りに改めて感謝しました。
火柱が瞬時に小さくなり鎮火 埼玉県桶川市 60代、女性
 娘が目玉焼きを作ろうとフライパンを火に掛け、誤って熱しすぎたところに油を注いでしまい、ボッという音と同時に炎が立ち上がりました。
 気が動転した娘はリビングにいた私に知らせ、一緒に戻った時には、炎は天井まで達していました。
 私も目の前の光景に一瞬パニックに陥りましたが、火伏せの御笹で火災を救われた班の信者さんの顔が浮かんで「御笹!」と気付き火伏せの御笹をフライパンの中へ投じました。
 そして心の底から「御守護神様!」と叫ぶように御祈(おいのり)したその瞬間、天井をなめるように上がっていた炎が何かに押し戻されるように小さくなったかと思うと、フライパンの中の火伏せの御笹に吸い込まれるように消えたのです。
 フライパンの中の火伏せの御笹は、葉が枝から取れたものの、全く焦げていませんでした。
 火伏せの御笹で賜る御守護神様の御力の尊さ、そして心から祈ることの大切さを実感しました。
破裂直前の脳動脈瘤から救われる 沖縄県那覇市 50代、男性
 3年前、突然左足が動かなくなり、整形外科に通っても良くならないので設備の整った病院で検査すると脊髄に腫瘍が見つかり、手術を行い退院後しばらく自宅でリハビリしました。
 そうした中、知人から仕事の話があり、病気の事を伝え翌日会いに行くと、知人は知人の母親と一緒に待っていて霊波之光に誘われました。以前、数々の宗教から勧誘され「どれも空想の世界だ」と考えていた私は断り仕事に行きました。だがその後も会う度に霊波之光の話をされ「いい加減にしろ」と思いましたが、しぶしぶ御絆(おつながり)しました。
 そんな心で参拝もしませんでしたが数カ月後、頭部が痛み病院で検査すると、破裂寸前の脳動脈瘤が見つかり、専門医から「手術は必至。余命は保証できない」旨を告げられました。
 夜も寝られず、不安な日々を過ごしついに知人親子に病気の事を話しますと、会合に誘われそこで救われた体験を聞いて半信半疑ながら行く気になり沖縄支部に参拝したり、会合に参加したりしました。そして、御神酒御祈願の21日目の結願日の翌日、再度検査を受けると「動脈瘤が小さくなって手術は不要」と言われ、その後は半年に1度の検査でよくなりました。
 現在、健康に不安なく仕事ができ、御守りに感謝し生活しています。
無神論者だった夫が共に求め幸せに 鹿児島県鹿児島市 40代、女性
 私は結婚した時、夫から「自分は無神論者だから信仰の話はしないでほしい」と言われました。
 その後、夫とは仕事の忙しさから心が通い合わなくなり会話が減っていきました。霊波之光の知人にその事を伝えると、夫の幸せを祈るように言われ、御祈(おいのり)に努めました。
 参拝、会合にあゆむ中、友人をお導きしました。そして友人の娘さんが御力を頂き先天性の難病から救われると、元気になった娘さんの姿を目の当たりにした夫は、霊波之光の信仰に対し見る目が変わったのです。
 御奉仕や布教に一緒に参加するようになり、ある時、夫は仕事で大事な書類を無くしどこを探しても見つからなかったのですが、霊波之光の北九州支部に参拝した翌日、出勤すると、何度も探したはずの場所から出てきたのです。
 その後、数々の体験により夫は心から信じるようになり、今ではお互いに「ありがとう」と、思いやりのある言葉を交わすまでになり幸せを実感しています。
台風の豪雨で堤防決壊も浸水免れる 北海道南富良野町 60代、男性
 大型台風の接近による豪雨に見舞われ、1キロと離れていない1級河川の堤防が決壊。夜中3時頃に近所の人に起こされた時は、家の前は幅50メートル超の濁流が流れていました。
 家族を起こし急ぎ火伏せの御笹を1本は玄関に、1本は1階の窓に内側から貼り付け、神棚の前で御祈(おいのり)し、迎えに来た車で避難しました。
 夜が明け、午前7時の御祈(おいのり)をし、自宅の方を見ると水が引くのが判ったので8時過ぎに帰宅。恐る恐る玄関のドアを開けて驚きました。室内に全く水が入っていません。見ると窓の桟に泥がたまっていて川の水が窓の高さまで来ていたことが判りました。
 周辺の家屋が床上浸水し、倉庫や車庫がつぶれたり流されたりする中にありながら浸水被害を免れたのです。「御守護神様が守って下さったのだ」と家族と心から感謝し、被害状況が判る新聞紙面を持って行く先々で御力の尊さをお話しています。

火伏せの御笹:数々の災害から御守り頂けます御笹です。三月七日御聖神祭に御下賜されています。
「事故で足切断の危機」を免れる 埼玉県さいたま市 20代、男性
 高校2年の夏休みでした。バイクを運転中、前の大型トラックが非常点滅表示灯を付け停車したので減速し、対向車の通過を待って右車線を加速すると、トラックの前で右折を待っていた乗用車が発進したため右前輪部へ激突。私は救急車で病院に運ばれ入院しましたが、左足に負った深い傷が化膿してはれ、1週間経っても高熱が下がらず「最悪の場合は足を切断」との診断に驚いた母が、知人に導かれ御絆(おつながり)しました。
 そして、浄霊御祈願で頂いた御神酒を移してもらうと熱がすぐに下がり、足の傷口から真っ黒な水のようなものが出ると、みるみるはれも引きました。
「順調な回復は御力によるもの」と心から感謝して過ごすと、満願日に退院。事故から1カ月後にあった修学旅行にも杖を使うことなく参加できました。
多臓器転移した癌から救われる 愛媛県今治市 70代、男性
 68歳の時、末期の大腸癌と告げられ大変落ち込みましたが、病気のことは、御守護神様にお任せし、翌年2月、手術を受けました。
 手術前のMRI検査の時、検査室で、御守護神様の御姿が現れ、その場の機械音が全て消えてしまう現象体験を拝しました。その後、8時間の手術では、1,200t以上の輸血が必要と言われていましたが、輸血無しで済んだのです。
 ところが、半年続けた抗癌剤治療の効果が現れず「多臓器転移」と告げられました。保険の使えない高額の抗癌剤投与が計画されることになって、私は心の底からすがりました。
 そして、浄霊御祈願を頂き参拝を重ねる中で迎えた翌年2月、高額の抗癌剤投与を始めるためのCT検査では、なんと全ての癌が消えていたのです。
 大腸癌の手術から6年を迎え、医師より「大丈夫。もう来なくていいですよ」との言葉をもらいました。
 命ある限り、御守護神様の御実在をお伝えしてまいります。
部活、学校生活が一層楽しくなる 北海道北見市 10代、男性
 中学2年の夏の事です。僕は暑いとたくさん汗をかくので、汗対策をしていましたが、級友から臭いと言われてからかわれ、誰も近寄らなくなりました。それが、霊波之光の少年部集会に参加してから変わりました。
 翌日突然、担任が家に来て僕の話を聞いてくれ、次の日、学校に行くと、からかっていた級友が謝ってきて、元の楽しいクラスになりました。
 秋には、演劇部で部長に選ばれました。ところが、同学年の部員の取り組み姿勢が違ううえに、顧問が忙しくて相談する時間が取れず、一人で悩み、好きな演劇部を辞めたいと思いました。
 そうした時、少年部集会で教えられた「笑顔とあいさつ」に努め、いつも御祈(おいのり)するよう心掛けました。
 そして3年生になると、演劇部にやる気ある1年生が何人も入部。顧問がクラス担任になってふだんから話ができるようになり僕の悩みは一気に解決。一層充実した学校生活になりました。
御祈願を頂き喜びの再就職 愛媛県松山市 40代、男性
 会社の上司が不正を行っている事に何度進言しても改まらず悩んでいた私は、ある日その上司からいきなり解雇を言い渡され、職を失ってしまいました。
 それまで私は、霊波之光の信仰を真剣に受け止めていませんでしたが、妻の勧めで浄霊御祈願、対人解決御祈願と就職御祈願を頂くと大変に心が晴れ晴れとし、御奉仕に参加すると、その最中に私の事情を知る知人から就職を紹介する電話が入り、翌日、それまでを上回る年収額で再就職が決まったのです。
 後日、私の不当解雇を知った以前の会社の社長が直々に謝罪に来てくれ、何のわだかまりもなくなり、新しい職場で元気に働き始めることができました。
好条件で念願のマイホーム購入 東京都武蔵野市 30代、女性
 私達夫婦は、結婚当初、家の購入は全く考えていませんでしたが、友人から「家は買わないの」と聞かれた事がきっかけで物件を探してみようということになりました。
 近所で幾つもの物件を見学しましたが、希望にかなうものに巡り合えませんでした。そこで、住宅解決御祈願を頂きますと、その数週間後、環境も良くキッチン設備等が充実している好物件が見つかりました。
 しかし、そこは価格の高い東京都下のマンションで、予算を超える価格のため断念せざるを得ませんでした。その時、マンションの営業の人が「キャンセルになったばかりで、まだどなたにも言っていない物件がある」と紹介してくれたのです。それは、希望どおりの間取りで金額にも無理がなく即日契約しました。更に展示用の物件でもあるため、家具、カーテン、照明、食器類やオブジェなど購入しようと思っていた物が幾つも付いており、しかも短期間で引き渡しと引っ越しが済み消費税が上がる前に購入できて大助かりでした。御祈願を頂いたおかげと心から感謝しました。
引きこもりと体調不良の子供に救い 沖縄県豊見城市 40代、女性
 高校受験に失敗した長男は自宅に引きこもり、長女は小学6年の時、教室に入ると吐き気を催したり、訳もなく涙を流したりと体に変調を来たし、保健室で一日を過ごしていました。
 そんな時、職場の同僚から「どんなことからも助け救ってくれる神様」と霊波之光の話を聞き、参拝し御絆(おつながり)しました。
 そして、子供達の幸せを御祈(おいのり)していると、長男は「もう一度受験したい」と前向きな心になり、自分に合った塾も見つかって、受験合格御祈願を頂いて試験に臨み合格しました。また長女は体調を崩すことがなくなり、笑顔で中学校へ通い、クラスメートと楽しく勉強にスポーツにと充実した日々を過ごせるようになりました。
いじめがなくなり楽しく登校 群馬県館林市 10代、女子
 小学4年生の時、席替えで隣になった男子が、授業中、私にいたずらをするようになりました。私が怒ると、いたずらはどんどんひどくなり、竹の物差しでアザになるほど強くたたかれ、泣いてしまうこともありました。
 私は何もしていないのにと悩んでいたある日、「あっ、そうだ。御祈(おいのり)だ」と思い、次の日から心の中でずっと 「御守護神様、 御守護神様…」と御祈(おいのり)をしました。
 そして、前に見た霊波之光の体験ビデオ「いじめ」を思い出し、「自分が変わらなきゃいけない」と思い、相手の男子に笑顔を心掛けていると、いたずらを全くしなくなりました。
 それからは、だれからもいやなことをされず、楽しく学校に行っています。
健康回復、倒産の危機も免れる 北海道小樽市 40代、男性
 自営の建築業が、受注減少、価格破壊、取引先破産による工事代金の回収不能、果ては、銀行から返済を迫られるなど大変厳しい状況が続き、ついに経済的にも精神的にも追い詰められ、主な取引先に破産する旨を伝えると、1人だけかたくなに反対し、その方が霊波之光の話をしてくれました。
 信仰するつもりはありませんでしたが、私を親身になって心配してくれる暖かさにひかれ霊波之光に行ってみると、素晴らしい所だったので御絆(おつながり)しました。そして浄霊御祈願を頂くと、2日後には胃弱と肩凝りの苦しみが全くなくなったのです。
 更に、願っていた銀行の融資が受けられ最大のピンチを切り抜け、今では業績が年々上向きとなり喜びで一杯です。
不治の病「1型糖尿病」から孫が救われる 奈良県大和郡山市 60代、女性
 10歳になる孫が数々の合併症を引き起こす不治の病「1型糖尿病」と診断され、母親である次男の嫁は眠れぬ日々を過ごしていました。
 そこで、3年前に霊波之光に入っていた私は、次男家族に霊波之光を勧めると早速家族で参拝しました。そして御絆(おつながり)し浄霊御祈願をお願いすると、いつも「体がだるい」と伏せていた孫が「体がとても楽」と走り回っていたのです。
 翌日は当病平癒御祈願を頂き、その後も次男家族は参拝を続けていると「なぜか判りませんが良くなっています。血糖値も正常です」と医師から診断されました。不治の病と告げられた孫が3カ月で治り、私の心も救われました。今、本当に幸せです。ぜひ、あなたも霊波之光で幸せになって下さい。
先天性の難聴が完治する 長崎県長崎市 40代、男性
 先天性の難聴で補聴器を付けてもやっと聞き取れるという生活を47年間も続けてきた私は、知人に誘われて霊波之光に参拝しました。長年宗教に偏見を抱き強い抵抗感がありましたが、御神域のさわやかな雰囲気と信者さんの明るい笑顔とあいさつに心が晴れ、体験談を話す方もとても嘘を言っているとは思えず御絆(おつながり)しました。
 以来、休みの度に参拝して話を聞くうちに「人の幸せを祈る素晴らしい信仰」と解り、友人を導いた晩の事です。寝ていると「バーン」という大きな音がして飛び起きました。
 補聴器を外しているのに不思議と思っていると、この日から自分が出す声も周りの音も補聴器なしで聞こえるようになったのです。
母の認知症が治る 宮崎県宮崎市 60代、女性
 認知症の母の介護に疲れ、少しでも良くなればと、あちこちの宗教にすがりましたが、だめでした。
 ついに排せつ物で部屋を汚すようになり、病院から出されてしまい、親子心中を考える程に追い詰められました。そんな時、友人が霊波之光の話をしてくれましたが断りました。
 しかし、再び熱心に勧めてくれたので連れて行ってもらうと、とても感じの良い所だったので御絆(おつながり)しました。
 その4日後の朝、いつものように母を立たせるために父と2人掛かりで抱きかかえると、軽く支えるだけで立て、硬くなっていた体も表情も柔らかくなりました。更にその後、参拝する度に母の状態がしっかりとし、今では認知症が治ったばかりか、頑固だった父も優しくなり、笑顔の日々を送っています。
法科の大学院に合格、法曹界へ道開く 千葉県山武市 20代、男性
 中学校で生徒会長をして「人の役に立ちたい」との思いを強くした私は「弁護士になろう」という夢をもって、大学の法学部に入学しました。卒業後、法科大学院への進学について両親に相談した時、受験合格御祈願を勧められるとともに、自分にできるあゆみをすることの大切さを聞き、御教えである「あいさつ」と「笑顔」の実践を心掛けました。そして、アルバイトで貯めたお金で賛助会に御奉仕しました。
 こうして法科の大学院を受験すると無事合格。設問を見た時、大学の後輩に勉強を教えるためによく下調べをしていた分野からの出題で、御導きを感じ感動を覚えました。しかも、試験の成績が良かったことから3年間の過程を2年間で終了するコースに入れ、更に2年間の授業料が免除になりました。感謝と喜びを忘れず、目標に向かって全力を尽くしています。